忘れたくない。小さい頃、母方の祖父母とよく行っていた温泉に大きくなってから久々に行ったこと。雪の中、アヒルで満たされた露天風呂に祖母と入ったこと。忘れたくない。兄たちが見せてくれたインターハイ。会場の青すぎる空、あの緊張と青春とが混ざり合った絶妙な空気感。忘れたくないと思っていても、その思い出たちの解像度は日に日に下がっている。
忘れたい。一学期末テストで落単ギリギリの点を取ったこと。忘れたい。中学一年のクリスマス。自分の失態で教員をも含む七人に囲まれ、詰められるという最悪なプレゼントをもらったこと。なべ底の汚れのように、こびりついていて、忘れたくても忘れられない。
忘れることは悲しい。虚しい。悔しい。そして難しい。忘れることと忘れないことをコントロールできたら良いのにと思う。
なぜ人は物事を忘れるのだろうか。人は記憶の集合体だ。物事を記憶する脳は何かの入れ物のように、容量が限られている。そのため、何もかもを全て完璧に記憶しておく訳にはいかないだろう。忘れることによって、新しい記憶のための新たな収納スペースを確保しているのだろう。
私は、そんな忘れるという行為に対して「羨ましい」と思ったことがある。
現在、私は父方の祖母と一緒に暮らしている。父方の祖父が亡くなってから、色々あってうちで暮らすようになった。祖母は認知症だ。祖母は、我々が思う「普通」の生活が段々とできなくなっている。きっと、祖母はその「普通」の生活の仕方や「普通」という感覚を忘れているのだ。
元々、私は小さい頃から父方の祖母はあまり得意ではなかった。正直、一緒に暮らすことさえも本望ではなかった。
親である祖母に対して、希望を捨てきれない父はよく祖母を怒る。私と母は怒ることを諦め、ただ疲弊している。このようになってしまった根本的な原因は祖母がなんでも忘れることにある。日付及びその確認の仕方、トイレへ行くタイミング、誰かに言われたことなど、大抵のことは数分も経たないうちに忘れてしまう。それなのに、祖母は忘れても構わないこと、こちらが忘れてほしいことは覚えている。テレビの点け方、怒られた時の自分を守る言い訳や他人への良い顔の仕方、そして父に対する親としてのプライド。このプライドが一番厄介なのだ。
父が怒る。祖母が言い訳をする。父は怒りながらも世話をする。祖母は親としてのプライドにより、感謝や謝罪はしない。父は更にイライラする。私はこんな祖母を見て、羨ましいと思った。どれだけ怒られても、どれだけ失敗しても、その時の惨めさや恥をもきれいさっぱり忘れられるのだから。忘れられない私は日々、嫌な気持ちやイライラを少しでも薄めようと必死なのに、祖母はそんな苦労をせずとも忘れられる。そして、誰よりも可愛い自分を何の躊躇もなく守ることができる。なんとも羨ましい。しかし、なによりも憎たらしい。
一方で、「可哀想だ」と思ったこともある。なぜならきっと祖母は忘れたくなかったであろうことも忘れていると思うからだ。きっと、思い出そのものだけでなく、忘れたくないと思っていたこと、忘れたという事実までをも忘れている。だから、忘れたことを悲しむことも憂うこともできない。それはなんだか悔しいし、無力さを感じる。
では、なぜ人は「忘れたい」「忘れたくない」と思うのだろうか。これらは意図的に操ることはできない。もちろん、認知症もそうだ。また、完璧に記憶すること、完璧に抹消すること、すなわち程度を操ることも不可能だ。だから、記憶を都合の良い形にしたいと望んでしまうのだろう。
人は大事な記憶すら新しい記憶のために忘れてしまうからこそ、「忘れたくない」と思うのではなかろうか。記憶が薄まったとしても、脳の浅瀬に置いておきたいと望み、その美しい過去に縋ることで今に目を向けることができるのではなかろうか。
忘れられないことも同様に、人は失敗や嫌な気持ちすらも忘れられないからこそ発展してきたのではなかろうか。閃きや発明は記憶の積み重ねなのだ。
忘れてしまうから。できるだけ長く温泉に浸かった。忘れてしまうから。一日で何百枚も兄たちの写真を撮った。たくさんの限定グッズを母にねだった。
忘れられないから。二学期は必死に頑張れた。忘れられないから。最悪なクリスマスプレゼントを活かそうと思えた。
忘れようとしなくても忘れられる祖母と忘れたくても忘れられない私。忘れたくないことまで忘れてしまう祖母と忘れたくないことを忘れないように守れる私。私が祖母に「羨ましい」と「可哀想だ」と思うように、私も羨ましくて悲しい存在なのだろうか。
(ふじもと・さき)