受賞者
わたくし、つまりNobody賞 Winners

2016年 第9回 受賞者 武田砂鉄

【授賞理由】
耳あたりの良いキャッチフレーズは、時に人を否応なく排除し、時に人を暴力的に黙らせる。氏が『紋切型社会』で問うたのは、こん日の社会を覆う、この言葉の負の力です。この力にいかにして抗うことができるのか。ただ安易に切り返し、言い返すだけでは、自らもまた紋切型に堕ちてしまいかねません。その点を強く意識し、排除され隠蔽されたものを一つ一つ丁寧に取り出す氏の手つきには、言葉の本来の力への限りない信頼が感じられます。言葉を疑い、言葉を信じる。言葉の暴力に、不断に言葉で抗いつづける。氏の活動の根幹にあるこの姿勢にこそ、新しい表現は拓けるものと信じ、当賞を贈り、さらなる闘いへと進まれんことを願います。
(写真撮影・宇佐巴史)

2015年 第8回 受賞者 ヨシタケシンスケ

【授賞理由】
氏は、日常のある一点にこだわり、とことん突き詰めていく、というスタイルのイラスト&エッセイを多く書(描)いてきたが、近著『りんごかもしれない』では、ある物が本当にそうであるのかという点を、『ぼくのニセモノをつくるには』では、人間とは何であるのか、という探究を行なっている。絵本を通してこのような試みをするという点に独自性があり、それが新ジャンルとも言える「発想絵本」へと見事に結実した。この「発想絵本」の展開を更に延ばしていくと、果たしてどういうものが見えてくるのか、読者にどういう地平が広がっていくのか、そこに新たな表現形式の誕生が予感される。今後の活躍を期して当賞を贈りたい。(Photo by Takafumi Okuda)

2014年 第7回 受賞者 宇田智子(うだ ともこ)

【授賞理由】
気がついたら公設市場の向かいで三坪ばかりの古本屋の店主になっていた、と語る著者は、その体験を身辺雑記ふうな語りで活写してみせる。しかしそこには、自分にとって生きている、暮らしているとはどういうことか、自分と他者、その間をつなぐ本の存在とは何であるのか、それらを見つめ、言葉にしてゆこうとする著者の姿が表わされていた。自分の息づかいと同じリズムで考え、ことさら無理をせず、あえて修辞を抑えた文章に、身ひとつで世界全体を見晴るかし、対峙してゆこうとする表現者としての氏の覚悟と可能性をわれわれは見た。今後の活躍を期して当賞を贈りたい。

2013年 第6回 受賞者 宮内悠介(みやうち ゆうすけ)

【授賞理由】
囲碁やチェッカー、麻雀、チャトランガ(将棋やチェスの原型)、将棋など、盤上遊戯における極限状況を言語作品に創出することで作者は何を企んだのか。そこにあるのはゲームのルールのみ、対戦者はその言語ゲームの中に命懸けの対話を試みているかのようだ。勝負を語らずに勝負の本質を、心理を描写せずに心理の本質を、自分が今ここに在ることの不思議と畏怖を、盤の奥底にひそむ闇から、物語の主人公とともに、飛び交う刃物のような言葉で読者に問いかけてくる。氏が、よほど純粋に言葉の力を信じているからこそ可能となった思索的冒険の成果であり、新しい表現者を迎えた喜びを籠めて、当賞を贈ります。

2012年 第5回 受賞者 大野更紗(おおの さらさ)

【授賞理由】
他国の難民を助けるつもりだった若き著者は、ある日、難病という自らの身体の反乱に遭遇し、他人事でなく本物の難民になっていた。その状況を、自らをフィールドワークの対象としてユーモアを込めて描くことで、われわれが置かれている不条理な現実を多くの読者に気付かせた。「わたし」を語りながら個人的な闘病記の枠を遥かに越え、人間存在についての普遍的な問いに触れてゆく著者の視点は、「わたくし、つまりNobody」の精神にふさわしいものです。言葉の力を信じ、伝え続けようという大野さんの今後の活躍に期待を込めて、当賞を贈ります。

2011年 第4回 受賞者 大澤信亮(おおさわ のぶあき)

【授賞理由】
例えば宮沢賢治への問いを自身への問いとして対峙し、問うことの果てに失語の中から言葉を見出そうとする愚直なまでの考える精神。収まりのよい解釈に止まることなく、半ば暴力的に問い続け、創作の域へも踏み込んでいく北大路魯山人論。初の単著となる『神的批評』でも示された、社会や現実の事象の先に批評そのものを生きてゆこうとする氏の姿勢とその表現は、本賞の趣旨にふさわしいものです。時代の壁を突破し、精神の新たな闘争領域を切り拓く言葉の担い手として、これからの氏の大胆な挑戦と活躍に期待し、当賞を贈ります。

2010年 第3回 受賞者 古処誠二(こどころ せいじ)

【授賞理由】
最近作『線』をはじめ、氏の作品に共通するのは、戦場の、それも敗走という極めて困難な状況に追い込まれた人間たちの有り様です。歴史に名を残すことなく死んでゆく一人一人の姿がひたすらに考えられ、冷静に描写されています。
資料精査の果てに、従来の戦記文学を超越し、戦争体験者には書けない物語の領域を切り開かれたことは、まことに当賞の趣旨にふさわしいものです。戦争と人間の真実を伝える文学の担い手として今後一層の活躍を願い、当賞を贈ります。

2010年 特別賞 杉原美津子(すぎはら みつこ)

【授賞理由】
肝臓癌と診断され、切迫した状況にあると告げられた氏は、当賞に応募された作品「逝く時を支えられて」で自身の半生と来たるべき死を見つめ、私とは何かを問い続けます。
新たなる表現形式の可能性を見出そうとする賞の趣旨には必ずしも該当しませんが、どこまでも表現し続けようとする氏の姿勢に、私たちは深い共感と敬意を表します。このような高い水準の投稿を得た喜びを著者と分かち合うとともに、ここに特別賞をもって、氏の営為を顕彰するものです。

2009年 第2回 受賞者 大竹伸朗(おおたけ しんろう)

【授賞理由】
単行本『見えない音、聴こえない絵』、また月刊誌「新潮」における同タイトルの連載を通じ、「言葉、あらゆる事象」に対して常に鋭敏であること、さまざまな疑問を投げかけそれを突き詰めていこうとする姿勢を、高く評価します。「新たな表現形式を獲得しようとする人間の営みに至上の価値を置く」という、本賞の趣旨にふさわしい人物と考え、また今後の更なる意欲的活動に期待し、当賞を贈ります。

2008年 第1回 受賞者 川上未映子(かわかみ みえこ)

【授賞理由】
「象の目を焼いても焼いても」「わたくし率 イン 歯ー、または世界」「乳と卵」「告白室の保存」などの作品における思索する文章のあり方は、「わたくし、つまりNobody賞」の趣旨にかなうものです。
 その言語表現の姿勢を顕彰し、併せて今後の同氏の可能性に対し当賞を贈ります。

2007年 第0回・創設 池田晶子(いけだ あきこ)

【創設理由】
 この風変わりな賞の名前は、2007年春にこの世を去った、文筆家・池田晶子の一作品名「わたくし、つまりNobody」に由来します。

 彼女は、いつも次のような考え方を示唆しています。

 考えているその時の精神は、誰のものでもなくNobody。
 言葉は誰のものでもないけれども、それが表現されるためには、誰かの肉体を借りるしかない、そうして現われてくる言葉こそが、人の心を捉え、伝わってゆく……。
 大事なのは「誰が」ではなく、誰かによって発せられた「言葉」が、次の時代の人々に引き受けられて、我々の「精神のリレー」が連綿と続いてゆくことである、と。

 この賞は、自身もそのように仕事を続けたひとりの文筆家の意思に始まっています。ひたすら考え、それを言葉で表わし、新たな表現形式を獲得しようとする次代の言葉の担い手に向けて、「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を、ここに創設します。

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