
【授賞理由】
他国の難民を助けるつもりだった若き著者は、ある日、難病という自らの身体の反乱に遭遇し、他人事でなく本物の難民になっていた。その状況を、自らをフィールドワークの対象としてユーモアを込めて描くことで、われわれが置かれている不条理な現実を多くの読者に気付かせた。「わたし」を語りながら個人的な闘病記の枠を遥かに越え、人間存在についての普遍的な問いに触れてゆく著者の視点は、「わたくし、つまりNobody」の精神にふさわしいものです。言葉の力を信じ、伝え続けようという大野さんの今後の活躍に期待を込めて、当賞を贈ります。

【授賞理由】
例えば宮沢賢治への問いを自身への問いとして対峙し、問うことの果てに失語の中から言葉を見出そうとする愚直なまでの考える精神。収まりのよい解釈に止まることなく、半ば暴力的に問い続け、創作の域へも踏み込んでいく北大路魯山人論。初の単著となる『神的批評』でも示された、社会や現実の事象の先に批評そのものを生きてゆこうとする氏の姿勢とその表現は、本賞の趣旨にふさわしいものです。時代の壁を突破し、精神の新たな闘争領域を切り拓く言葉の担い手として、これからの氏の大胆な挑戦と活躍に期待し、当賞を贈ります。

【授賞理由】
最近作『線』をはじめ、氏の作品に共通するのは、戦場の、それも敗走という極めて困難な状況に追い込まれた人間たちの有り様です。歴史に名を残すことなく死んでゆく一人一人の姿がひたすらに考えられ、冷静に描写されています。
資料精査の果てに、従来の戦記文学を超越し、戦争体験者には書けない物語の領域を切り開かれたことは、まことに当賞の趣旨にふさわしいものです。戦争と人間の真実を伝える文学の担い手として今後一層の活躍を願い、当賞を贈ります。

【授賞理由】
肝臓癌と診断され、切迫した状況にあると告げられた氏は、当賞に応募された作品「逝く時を支えられて」で自身の半生と来たるべき死を見つめ、私とは何かを問い続けます。
新たなる表現形式の可能性を見出そうとする賞の趣旨には必ずしも該当しませんが、どこまでも表現し続けようとする氏の姿勢に、私たちは深い共感と敬意を表します。このような高い水準の投稿を得た喜びを著者と分かち合うとともに、ここに特別賞をもって、氏の営為を顕彰するものです。

【授賞理由】
単行本『見えない音、聴こえない絵』、また月刊誌「新潮」における同タイトルの連載を通じ、「言葉、あらゆる事象」に対して常に鋭敏であること、さまざまな疑問を投げかけそれを突き詰めていこうとする姿勢を、高く評価します。「新たな表現形式を獲得しようとする人間の営みに至上の価値を置く」という、本賞の趣旨にふさわしい人物と考え、また今後の更なる意欲的活動に期待し、当賞を贈ります。

【授賞理由】
「象の目を焼いても焼いても」「わたくし率 イン 歯ー、または世界」「乳と卵」「告白室の保存」などの作品における思索する文章のあり方は、「わたくし、つまりNobody賞」の趣旨にかなうものです。
その言語表現の姿勢を顕彰し、併せて今後の同氏の可能性に対し当賞を贈ります。

【創設理由】
この風変わりな賞の名前は、2007年春にこの世を去った、文筆家・池田晶子の一作品名「わたくし、つまりNobody」に由来します。
彼女は、いつも次のような考え方を示唆しています。
考えているその時の精神は、誰のものでもなくNobody。
言葉は誰のものでもないけれども、それが表現されるためには、誰かの肉体を借りるしかない、そうして現われてくる言葉こそが、人の心を捉え、伝わってゆく……。
大事なのは「誰が」ではなく、誰かによって発せられた「言葉」が、次の時代の人々に引き受けられて、我々の「精神のリレー」が連綿と続いてゆくことである、と。
この賞は、自身もそのように仕事を続けたひとりの文筆家の意思に始まっています。ひたすら考え、それを言葉で表わし、新たな表現形式を獲得しようとする次代の言葉の担い手に向けて、「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を、ここに創設します。
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